No.1:職域で問題となる大人の自閉症スペクトラム障害
1.自閉症スペクトラム障害と注意欠陥・多動性障害
発達障害の分類はいろいろあるが、少なくとも、職域では発達障害を自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥・多動性障害(ADHD)を分けて理解しておく必要がある。ADHDは薬物が有効な場合があるため、早期の診断や薬物療法の可否の検討が必要であるが、ASDでは環境調整や、本人の思考や行動パターンの改変が対応の中心となる。本稿ではASDについて述べる。
2.自閉症スペクトラム障害の症状と診断
1)症状の成因
子供で有名なのは「三つ組」の障害(対人交渉の質的問題、コミュニケーションの質的問題、イマジネーションの障害)と言われる症状で、これをもとに診断されることが多い。症状は多彩であり、重症以外の事例では、子供においても、「疑い」として経過観察されることが少なくない。思春期以降は、それに成長過程による性格形成の影響が加わり、かつ生活する場も異なるため、症状はさらに多彩で複雑となる。例えば生下時のASDの重症度は同程度であっても、小児期にASDと診断されて適切な育てられ方をした場合と、ASDとわからないまま周囲が「話が通じず理解の悪い子」として叱りながら育てた場合では、思春期以降の症状はかなり異なる。
2)症状と診断
大人のASD症状として、職域でよく言われる症状には、「親密なつきあいが苦手、人と共感しない、冗談やたとえ話がわからず字義通りに理解する、会話が一方的である、急な予定変更に混乱する、融通がきかない」などが言われるが、このような傾向はASDでない人でもよく見られる。子供の頃の状態を把握できれば診断しやすいのは事実であろうが、本人は覚えていないし、両親の記憶も曖昧であることが多い。ましてや今日のようにマスメディアがASDを頻繁にとりあげると、本人や家族の記憶が子供の頃にASD症状があったかのような方向に引っ張られやすい。
生来もっているASD特性自体にも軽症から重症までの連続性があるため、診断の可否ではなく、その特性の強さに応じて対応すべきである。大人ではなおさら診断ではなく、ASD特性がどの程度あるかの評価に止め、それに応じた対応を考えた方がよい。
3)職域におけるASD診断
子供の頃に明らかにASDの診断を受けて療育を受けている場合はそれを重視する方向で検討すべきであろう。大人になってから診断されるASDでは、診断よりもASD特性がどの程度あるかを考え、それに応じた対応を考えた方がよい。診断されるかどうかを重視する意義は少ない。
筆者の印象を言えば、最近、職域で、大人のASDが過剰診断される傾向がある。職場の問題を発達障害という個人の精神疾患のせいにすれば職場の問題点を見なくてよいし、リワークやデイケアを含む一部医療機関は発達障害診断の閾値を下げているという指摘は否定できないかもしれない。
3.大人のASDと「ストレスチェック」
職域でしばしば用いられる「ストレスチェック」は不安感やゆううつ感とそれにともなう身体症状が主な質問項目となる。ASD特性が強い場合、仕事ができないという不全感や対人緊張のために、不安感やゆううつ感を認めやすく、問題があると判定されやすい。しかしストレスチェックはあまりに非特異的な検査であるため、ASD以外の要因が関与する可能性が大きい。
4.職場での発達障害支援
筆者が特に重要と考えるのは以下である。
- 大人になってから診断される発達障害では、診断自体よりもASD特性を評価することが重要である。
- 評価した医師は、職場の産業保健スタッフと連携して、職場と個人の両方に方針を示さなければならない。
- 職場で起こった問題を安易に個人の発達障害が原因であると考えず、まず職場がもつ問題をふりかえり、職場で可能な対応を考える。
- 職場と医療を知り、職場に適切な対応を提案できる産業医の役割は非常に重要であり、精神疾患であるとして外部や嘱託の精神科医に任せ過ぎないことが望まれる。
執筆者:北里大学医学部精神科教授 宮岡 等
【出典】平成26年度厚生労働省委託事業「ストレスチェック等を行う医師や保健師等に対する研修準備事業」
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